大丈夫、誰も間違っていない^ - ^

みんな それぞれ夢の中の人生を歩んでいる

本当の意味での癒し

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たくさんの悩みとか苦しみとかがあって、

出来るだけそういうことから

遠ざかった人生を送りたいって思っていた。

 

楽しいことや好きなこと、 ワクワクすることを

して苦しみから少しの間離れてみる。

 

幾分か癒されてリフレッシュをして

またしばらくの間苦しみを我慢する。

苦しみの原因を突き止めて排除することも

してきた。

 

そんな生活が当たり前だと思っていた。

周りもみんなそうやって生きていたしね。

ほんの少しの癒しはキラキラしていて

私にとって重要なことや物だった。

 

そんな中

癒しの1つとしてアロマを知った。

すっかりハマって資格を取り、自宅で

アロマリラクゼーションサロンを始めた。

 

お客さんにとってサロンのトリートメントは

癒しの1つだ。

日々の生活で疲れたり苦しんだりした心身を

トリートメントで癒してもらう。

その繰り返しの日々。

そんな仕事にやり甲斐を感じていたし、

何より楽しかった。

 

でも違和感を感じ始めた。

間違っていることをしている訳ではないけど

何かが違う。

癒しって本当にこれ?

きっと違う、

もっと絶対的な本当の癒しがあるはず。

そんな衝動に駆られて、本当のことを

知りたくて知りたくて仕方なくて、

求めていった。

 

紆余曲折しながら辿り着いた答えは、

変わらず自分のしたいことをその都度

し続けている私がいるだけだった。

私は私のままでいいのだ、

私は私のままでしかないのだ、

というものだった。

その私とは、個人の私ではなく全体という

全てだった。

 

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私が答えへ辿り着くまでの道のりは

『苦しみから逃れる為にしていることを止める』

ことだった。

 

苦しみから解放される為に、真実を知る為に

誰かに教わった何かを掴んだけど

それでは解放されなかった。

 

最終的にそれらを全て手放した時

幻想の自分を手放せた。

 

個人の私が人生をコントロールしている幻想から

目が覚めたとき、というか見破ったときは

個人としての私が一度死を迎えて生まれ変わる

ようなものでもあった。

存在すると信じて疑わないもしなかったことが

存在しなかったなんて、認識が大きく

ひっくり返されるせいかも知れない。

 

個人を手放した先に待っていたのは

生まれ変わりのようでもあり、

再生のようでもある

私の人生を丸ごと引き受けることだった。

感情や自分が無くなる訳ではない。

それらも私の性格も役割も含めた人生そのものを

引き受けることだった。

 

 

そしてそれが

私の求めていた本当の癒しだった。

 

 

私たちは全体そのもの。

この世界にそれぞれとして現れている全体。

それぞれの性格や役割を持って現れている。

 

全ての人がそうであるように私にも役割が

あるんだと思う。

このブログを書くことも役割の1つ。

 

このメッセージを読んで何かを感じたり

行動を起こしたりする役割の方もいる。

どんなことかは重要じゃない、

何かがあればいい、と思う。

それがお互いの役割だから^ - ^

 

 

長文になっちゃった( ̄▽ ̄;)

 

お疲れ様でしたm(_ _)m