大丈夫、誰も間違っていない^ - ^

みんな それぞれ夢の中の人生を歩んでいる

まだ失敗を続けます

 

マインドを言葉にした表現を続けること、

それは失敗を続けること。

 

失敗するたびに究極の真実へ立ち返る。

 

マインドを言葉のにした表現は、

言葉遊びをしているに

過ぎないんだなって思う。

何処かの誰かから仕入れたものを

表現に活用している。

この私のマインドの言葉もそう。

 

だからと言ってマインドが不必要って

ことではなくて必要なもの。

でも、究極の真実である現実ではないって

ことを思い出した。

 

望み、全体の意識、私の意識だと思ったものは

マインドでもあった。

現実を方向付けしようとするマインド。

 

本当に表現したマインドはことごとく

失敗じゃ〜ん(*´Д`*)

だからって嘘ではないよ、

でも何処からかの視点だってこと。

 

全ては全体から現れるから全てが真実では

あるけど目の前の現実以外は究極の真実

じゃない。

マインドも思考も感情も、全て。

 

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こんなことを思い出した。

 

目覚めと言われる経験が起きた後のこと。

しばらくの間、目の前の現実に初めて見るよう

な違和感のような不思議な感覚があった。

そんな中ある日

大好きなミスチルのDVDを観た。

涙が止まらなくなって大号泣した。

あり得ないほどの号泣振りだったから、

泣き声が家の外に漏れないようにクッションに

顔を押し付けて泣いた。

 

側から見たら、どんだけミスチルに感動

してんだよってなりそうなもんだけど、

私にはこんなに泣ける理由が分からなかった。

泣いて、泣き止んで、を繰り返していたんだけど

その都度

あっ、まだ泣くんかいって思った。

 

その時は一体何が起こっているのか?

なんて思ったりしたけど、

今は理解できる。

 

DVDを観て泣く、という起きた現実と

何でこんなに泣けるの?という私のマインドと

湧いてきた感情を

全部別物と分かっていたんだ。

それらを関連付けしていなかった。

 

それが、あるがままの現実だった。

 

そんな現実も、こうやってマインドで方向付けを

して言葉にするとたちまち究極の真実では

なくなってしまう。

 

結局この記事も書き終えると私にとっては

失敗になるよね〜笑笑

でもね、懲りずにまだ表現することは

起こっている^ - ^