大丈夫、誰も間違っていない^ - ^

みんな それぞれ夢の中の人生を歩んでいる

無いけど有る、有るけど無い①

 

久しぶりにブログを書きます^ - ^

 

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前回の記事を書き終えた後に

「そうだった、ともちんは数ヶ月前のあの日に

目覚めてここから消えていったんだ。」

と改めて(?)気付きが起きた。

 

数ヶ月前のあの日、に起きたこととは

目覚めの体験が起きた数ヶ月後のことで

『探求という旅が終わった』そんな感覚と共に

自分の体の中の見えない圧縮されていたものが

解き放たれたような、重力が減る(?)

軽くなる(?)ような経験。

 

その経験が起きた瞬間に『ともちん』という

何かはこの夢の世界から目覚めて、

この夢の世界からいなくなった。

 

あの日以前も

あの日以降も

ただ経験が起きている、

常にそれだけのこと。

 

いわゆる探求者していた頃に

よく耳にしたこと。

本当にそれだけのこと。

 

悟りとか解放とか言われることも経験。

経験であるがゆえに個人的なもの。

真実は全体という一つであるのに

ここでの現実は個人的なものという

経験でしかない。

 

経験を概念という価値観や色眼鏡や視点などと

言われるものでそれぞれが捉えている、

ただそれだけのこと。

 

概念は、その人の思考やマインド、感情で

あるから捉え方は千差万別。

何一つ同じものはない。

同じでないのは仕方ない。

 

概念は目覚めの経験が起きていようがいまいが

関係なく絶え間なく浮かんでくるもの。

ある人には、こう浮かんでくるかも知れない。

「自分と思っていた私は実は無い。だから私に

出来ることは何も無いのだ」

そして

起こる経験をこのような概念を通して見る。

 

ある人には、

「思考は現実化するし、引き寄せの法則

ある。こうやって創造をしていくんだ。

幸せを手に入れるんだ」

そして

起こる経験をこのような概念を通して見る。

 

例えこの2人に似たような経験が起きたとしても

概念が違うから捉え方が違う。

前者は起こるべくして起きたと捉えて

後者は創造の結果、起きたと捉えるかも

知れない。

 

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複雑な概念を通して見る人は、経験を複雑な

ものとして捉えている。

シンプルな概念を通して見る人は、経験を

シンプルなものとして捉えている。

ただ、それだけのこと。

経験以外のものは全てが概念。

 

どちらにも共通することは

本当は無い経験が有ることと、

概念というものが有るけどそれは真実では

無いこと。

無いけど有る、

有るけど無い。

ただ、それだけのこと。

どこに行っても ただ、それだけのこと。

 

 

長くなってしまったので、

②に続きますm(_ _)m